劇団四季「ノートルダムの鐘」観劇レポ 2026.10.24マチネ

感想記事

「ノートルダムの鐘」大阪公演、2回目の観劇です!

今回は、初めて観る俳優さんが多く新鮮でした。
そして幸運なことに、前から2列目センターブロックで観ることができました。

そのこともあってか、もう10回以上は観ているのに、また新たな発見がありました。
本当に奥が深い作品で大好きです。

この記事では、「ノートルダムの鐘」(以下「鐘」と略します)をすでにご覧になった方向けに、ネタバレありで感想をお話しします。
まだ観ていない方は、ぜひ先に劇場でご覧になってからこの記事に戻ってきてくださいね。

観劇しながら考えたこと

まず、今回観劇しながら頭に浮かんだことをお話しします。

カジモドの聴覚について

今回は物語のはじめから、「カジモドは耳が聞こえにくい」という目で見てみると、新たな発見がありました。

カジモドは基本的に「音の刺激」だけでは反応せず、体に触れられたり相手の動きが目に入ったりと「音以外の刺激」を受けてはじめて反応していました。

例えば、道化の祭の朝、広場からファンファーレのような音が聞こえてくる場面があります。
フロローはその音を聞いてすぐ反応していますが、カジモドはフロローが動いたのを見てはじめて自分も広場を見下ろしています。

そして、フロローが「アフロディージアス」を教えるとき、言葉を発する前に自分の口を指さしていました。
これはカジモドに唇を読ませるためなんだなと気づき、二人の間ではずっとこんな感じでコミュニケーションがされてきたのかなと、これまでの二人の時間を想像しました。

フロローが道を誤った瞬間

エスメラルダのダンスシーンで、フロローがスカーフをキャッチしたところをしっかり見ました。

その後もフロローの動きを追っていると、いったんスカーフを受け取ったもののすぐ地面に投げ捨て、そのあとに十字を切っていることに気づきました。

おそらく十字を切るということは、このときはまだ自制心を保っていたのでしょう。
しかし祭のあとにスカーフをこっそり拾って鼻に近づけており、そのあたりから聖職者として、また人として道を踏み外しはじめたように感じました。

「世界の頂上で」のシーンで考えたこと

「世界の頂上で」のシーンは、おそらくカジモドが最も幸せだった瞬間なのではないかなと思います。
好きなシーンですが、このあと二人に何が起こるかを知っていると切なくもなります。

ふたりの結末を知っているからこそ、ガーゴイルが歌う「祝福しようふたりを」の歌詞が沁みました。

曲の終盤、「ふたりでいる」のところで、カジモドと同じジェスチャーをエスメラルダが繰り返すところが特にいいです。
これは、二人の気持ちが通じ合ったことを表現していると思います。

そこでふと、カジモドがジェスチャーで人と会話する場面は、前にもあったことを思い出しました。
「陽ざしの中へ」の「醜い、気持ち悪い」の箇所で、フロローとのやり取りです。

やり取りしている内容こそ違うものの、コミュニケーションの取り方は同じです。
よって、フロローとカジモドも、間違いなく気持ちは通じ合っていたと思います。
そしてカジモドにとってエスメラルダは、フロロー以外で初めて気持ちが通じ合った人間だったのですね。

エスメラルダの魔除け

エスメラルダがカジモドに魔除けを渡すシーンですが、今回初めて気づいたことがあります。

エスメラルダはちゃんと、カジモドに魔除けの意味を説明しようとしていました。
でも口を開いた瞬間、仲間に「行こう」と促され、説明できずじまいになっていました。

私はずっと、「エスメラルダは、カジモドなら分かると信じて魔除けを預けたんだ」と思っていましたが、本当は意味までちゃんと伝えようとしていたんですね…

フィーバスとクロパンの関係

フィーバスとクロパンの関係、「男の友情」という感じでイイです。

「奇跡もとめて」で二人ががっちり握手をし、後に兵士と戦うところでクロパンがフィーバスを救い出す流れが大好きです。
「英雄クロパンだ!」からの「パリの人々よ〜」のところは、かっこよすぎて毎回しびれます。

「陽ざしの中へ」を聴きながら考えたこと

「陽ざしの中へ」は大好きなナンバーのひとつですが、後の展開を考えるとカジモドのキラキラした表情が切なくなります。

カジモドは、外に出たばかりにつらい目にあい、大聖堂での平和な暮らしも失ってしまいます。
そればかりか、育ての親であり愛していたフロローを自らの手で殺害してしまうという最悪の結末を招いてしまいます。

でも、外に出たからこそエスメラルダと出会えたし、それをきっかけに知ることができた感情だってあります。
どちらが幸せだったと言うことはできないけれど、外に出たことは間違いじゃなかったと信じています。

傷つくのを恐れて閉じこもるよりも、多少傷ついても外に出ていろいろなことを感じるほうが、人生が豊かになるのではないでしょうか。
…と、自分に近づけて考えてみました。

キャストについて

当日のキャストがこちらです。

プリンシパルでは、寺元さん以外は初めてでした。

・町 真理子さん
町さんのエスメラルダは、勝気な少女のような雰囲気で、とってもチャーミングなキャラクターでした。
これまで観てきたエスメラルダの中で、最も「少女」を感じさせられました。
原作ではエスメラルダは16歳という設定ですが、そのイメージに近かったです。
フィーバスをあしらっているときの小悪魔的な表情がかわいらしかったです。
1幕のはつらつとした表情を見ているからこそ、「いつか」で体を震わせながらフィーバスと抱き合う姿がたまりませんでした。

・伊藤 潤一郎さん
伊藤さんのフロローは、歴代フロローの中でもだいぶクールな感じがしました。
欲求を抑えて正しくあろうとしているのだけど、だんだん抑えがきかなくなっていく印象でした。
地下牢のシーンでは、涙ながらにエスメラルダへの狂おしい愛を告白する演技が、小説のフロローを思い出させました。
フロローは、自分が道を誤ったことを何かや誰かのせいにして、弱くてどうしようもない人だったんだなと感じました。

・寺元 健一郎さん
寺元さんのカジモドは、観るたびに進化している気がします。
カジモドへの変身シーン、寺元さんが装を身に着けて髪を乱して振り返った瞬間、そこにはもう「カジモドがいる」としか思えませんでした。

座席について

今回は、前から2列目のセンターブロックという素晴らしい席での観劇でした。
とにかく迫力がすごかったです。

マイクを通さない生の声、俳優さんの息遣いや足音、火薬のにおいなどがダイレクトに感じられました。
肉眼で表情や衣装などの細かいところまで見えるので、衣装の構造を観察したり、俳優さんの動作をじっくり見て楽しみました。

ある程度後ろの座席だと、スピーカーからバランスよく調整された音が聞こえますが、前列ならマイクを通さない生の声も聞こえてきます。
町の人たちが口々に叫ぶ声など、マイクでは拾わない音も聞けて面白かったです。

見え方としては、屋上のシーンだけ、柵がちょうど俳優さんの顔あたりに来て見づらかったです。
それ以外は、少し見上げる体勢で首は疲れましたが、極端に見にくくはなかったです。

まとめ

以上、「ノートルダムの鐘」大阪公演の観劇レポートでした。

8月に観たときの感想はこちらの記事です。
改めて読み返してみると、そのときと今回とで注目しているポイントが全く違っていて、「鐘」は本当にいろいろな見方ができる作品なんだなと感じます。

「ノートルダムの鐘」については、他にもいくつか記事を書いています。
下記ページにまとめていますので、ぜひご覧ください。

また、「もう一度観に行きたいけどチケットが売り切れている…」とお困りの方には、リセールチケットを狙う方法をお伝えします。
下記ページを参考にチャレンジしてみてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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