劇団四季「ノートルダムの鐘」観劇レポ 2026.8.1マチネ

感想記事

先日、「ノートルダムの鐘」大阪公演を観劇しました。
前回の京都公演以来の観劇で、もう10回以上は観ている大好きな作品です。
こんなに何度も観ていても相変わらず感動するし、感想は尽きないから不思議です。

以下、先日の観劇で感じたことをお話しします。
すでに観たことがある方に向けて、ネタバレありで書きます。

なお、もしあなたが劇団四季の「ノートルダムの鐘」を一度もご覧になっていないなら、まだこの記事は読まないでください
最初の1回は、ぜひまっさらな状態で観劇してほしいからです。

舞台をご覧になってから、気が向いたらまたこのページを訪れてくだされば幸いです。
未見の方で「ノートルダムの鐘」について知りたい場合は、以下の記事ならネタバレなしなので大丈夫です。


…よろしいでしょうか。
では、まいります!

考えたこと・感じたこと

「ノートルダムの鐘」にこれほどまで夢中になる理由のひとつに、ストーリー解釈の多様さが挙げられます。
人によって解釈が異なるのはもちろんのこと、観劇するときの心の状態によっても感じ方は変わりますし、俳優さんの違いによるところも大きいです。

全てをお話しするときりがないので、この記事では今回の観劇で感じたことに絞って書きます。

カジモドの障害について

初めてミュージカル版の「ノートルダムの鐘」に触れたときは、「カジモドに『醜いから外に出るな』と言うなんて、フロローはなんてひどいんだ」と反射的に感じました。
でも、観劇を重ねるにつれて、それはフロローなりにカジモドを思ってのことだったんだろうなと考えるようになりました。

当時の社会背景を考えると、障害のある人に対する理解は進んでいなかったものと思われます。
今回の舞台でも、カジモドに触れた人たちが、まるで汚いものでも触ったかのような反応をしていることに気づきました。

そのような時代において、フロローがカジモドに「醜い」と言い聞かせて世間の残酷さを教えたのは、ある意味正しいことだったと思います。
もちろんフロロー自身の評判を守るためというのもあったでしょうが、カジモドのことを守る意図もあったはずです。

愛情の形としては多少いびつなところもありますが、フロローはカジモドをちゃんと愛していたと思います

エスメラルダとカジモドとの関係について

大聖堂でエスメラルダとカジモドが初めて言葉を交わす場面は、何度観てもほほえましくて好きなシーンです。

とくに、エスメラルダが「ガーゴイルが話しかけてくれる」というカジモドの話を肯定するくだりが良いです。

物語のはじめのほうで、フロローは「石は話さない」とカジモドに冷たく言っています。
そんなふうにご主人様に否定されてきた話を、あんなに素敵な女の子が受け入れてくれたのですから、カジモドはどんなに嬉しかったことでしょうか
エスメラルダに惚れてしまうのも無理はありません。

その流れからの「世界の頂上で」です。
曲中で、カジモドがエスメラルダをそっと見つめ、目が合うと恥ずかしそうにそらすところが何度かありますが、それがとてもほほえましくて好きです。

このシーンはカジモドが最も幸せだった時間だと思いますが、結末を知っていると切ない限りです。

地下牢のシーンについて

エスメラルダが処刑される前夜、地下牢の中でフロローとふたりきりになる場面です。
この場面は、前回までと印象が変わりました。

これまでは、フロローがエスメラルダに対する欲望をむき出しにして迫っていくような感じでしたが、今回はエスメラルダの前で自らの弱さを吐露しているように見えました。

エスメラルダに「愛している」と告白する声は震えて絞りだすような感じで、フロロー自身もこの感情をどうすればいいかわからなかったんだろうなと想像しました。
「私が悲しいぐらい人間であることだ」という台詞がありましたが、フロローもひとりの弱い人間なんだなということを感じさせられました。

フロローはきっととても賢くて優秀な人ですが、こと「愛」に関しては知る機会がないまま大人になってしまったのだろうなと思います。

フロローの結末について

これまでは、フロローがあのような結末を迎えるのは当然の報いだと思っていましたが、今回の観劇で初めて、フロローのことを哀れだと思いました。

実の弟であるジェアンに「悪人は罰を受ける」と歌いかけられたとき、フロローは果たして悪人なのだろうかという考えが頭をよぎりました
確かにひどいこともたくさんしていますが、カジモドを育てつつ一生懸命やってきた結末があれではあまりにも報われなさすぎではないでしょうか。
だから、フロローだけを一方的に「悪人」と断罪することはできないなと思いました。

「人間と怪物の違い」とは

「人間と怪物、どこに違いがあるのか」は、作品を貫く重要なテーマです。

日本語で「どこに違いがあるのだろう」と歌うところは、英語の歌詞では “What makes a monster and what makes a man” となっています。
直訳すると、「何が人を怪物にし、何が人を人間にするのか」となります

これは核心を突いた表現だと思います。
作中に出てくる人物も、生まれながらにして「怪物」だったわけではなくて、「怪物にする何か」があったからです。

この質問に対する単純な回答は、「カジモドは怪物と呼ばれているが、本当の怪物は醜い心を持った人だ」となるのでしょうが、やはりそれだけではないと思います。

カジモドだって、最後はけっこう残酷なことをしています。
家であり宇宙でさえあった大聖堂を破壊し(巨大な石や木を投げつけて溶けた鉛をぶちまけたのですから、大聖堂は相当なダメージを受けているはずですよね)、育ての親であるフロローを屋上から投げ飛ばしてしまいます。

それはおそらく、エスメラルダを思うあまりの行為です。
彼女への思いに狂わされたという点では、カジモドもフロローと変わりないと思います。

今回このような考えに至って、「人間と怪物、どこに違いがあるのか」というテーマがますます深みを帯びてきました。

それにしても、フロローを投げ飛ばして我に返ってからの「僕の愛した人は、ふたりとも横たわっている…」の台詞は悲しすぎますし、しっかり「愛した」と言っているのがたまりません。
そのあとフィーバスが駆けつけたときも、「ふたりとも」死んだ、と言っています。
カジモドの中でフロローの存在がいかに大きかったかがわかる台詞です。

舞台装置の好きなところ

この作品の舞台装置も好きです。
「同じセットを使って見せ方を変える」という観客の想像力を最大限利用した表現方法が採用されていて、これぞ演劇という感じがします

それ以外で、特に素晴らしいと思うシーンを3つ挙げます。

道化の祭りのシーン

ここでは、祭りのセットを組み立てるときは音楽に合わせてうきうきと、解体するときはしんみりした雰囲気を壊さないよう静かに転換しています。

舞台転換が演出の一部として自然に溶け込んでいのが素晴らしいです。

奇跡御殿のシーン

今回初めて気づいたのですが、奇跡御殿のシーンは、よく見ると布一枚でジプシーの隠れ家を表現していました。

床と背景は大聖堂なのに、たった1枚の布が加わるだけで全く違う場所になるのです。
演劇の表現って面白いなと改めて感じた瞬間でした。

大聖堂での戦いのシーン

カジモドがエスメラルダを救い出したあと、大聖堂に兵士が攻めてくる場面です。
舞台転換を非常に巧みに行っていて、スピード感のある展開を見せているのがすごいです。

カジモドが石や木を投げつけるところでは、照明をちらつかせて観客の目をくらませている間に、投げつけられた木を表すベンチを仕込んでいました。

溶けた鉛を流したあと、鉛の幕が下りている時間は意外と短くて、あんな短時間に薄い幕の後ろで舞台転換をするのはかなりの技術が必要だろうなと思いました。

キャストについて

当日のキャストボードです。
(デジタル化の波は大阪まで来ましたね…アナログのキャスボ劇場らしくてけっこう好きだったのですが

ほんの数ヶ月前、同じ劇場でお見かけした方たちのお名前がちらほら…
そのときとは全く違う関係性の役を演じられていて、面白いと思うと同時に、たくさんの引き出しを持つ俳優さんのすごさに感服しました

さてキャストについての感想ですが、

・寺元健一郎さん
カジモドが人間と話すときのくぐもった声、ガーゴイルと話すときの少しスムーズな発声、そして伸びやかな歌声の使い分けがすごいです。
カジモド役は、ハンディキャップを表現しつつも言葉をしっかり届けなければならないので、とても難しい役のはずです。
それをごく自然に演じられているのですから、本当にプロだなと思います。

・宮田愛さん
前と声の印象が変わって、だいぶ大人っぽいエスメラルダに感じました。
デオン役を経た影響もあるのかなと想像します。
宮田さんのダンスは情熱的で大好きです。
そして赤い衣装がすごくお似合いです。

・芝清道さん
実は芝さんのフロローを観たのは初めてです。
CDで何度も聞き続けた芝さんの歌を生で聴くことができ、とても嬉しかったです。
芝さんは声の迫力がすごくて、特に低音がよく響いて素敵です。
「地獄の炎」、圧巻でした。

・佐久間仁さん
佐久間さんのフィーバスは、「陰」の表現がとても上手いと思います。
フィーバスは一見チャラい男ですが、実は物事を深く考えていますし心に傷も抱えています。
それを佐久間さんは見事に表現されています。

まとめ

以上、「ノートルダムの鐘」の感想でした。

ここに書いたことはほんの一部で、本当は今まで観劇を重ねて考えてきたことがたくさんあるのですが、それはまた別の機会に…

どのミュージカルでも観劇後にいろいろと考えをめぐらせるのは楽しいですが、特に「ノートルダムの鐘」ではそれが顕著です。
一度はまると抜け出せなくなる、それが「ノートルダムの鐘」です。

もしこの記事を読んで「ノートルダムの鐘」について語りたくなったら、ぜひお気軽にコメントください!

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

おまけの話

数年前にアクセサリー作りにはまっていた時期があり、そのときに手芸店でかわいい鐘のパーツを見つけました。
それをイヤリングに仕立てていたので、観劇につけていきました。

緑のビーズは、カジモドの衣装の色をイメージしたものです。
素人作品ですが、自分では気に入っています。

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